とあるお宅の倉庫サイトのブログ 【最近:自分の創作におぼれている!▼】
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版権/文/FF6
噛み合わない歯車は
「もうリタイアかな? 主賓殿は」
「…どっちかと言えば棄権だ」
周囲は暗く散らばり気味な雲から星や月が顔を覗かせている。
その他は自分以外に誰も居ないはずの甲板。
其処に聞き慣れた声で皮肉めいた台詞が響くものだから、顔をしかめてかぶりを振った。
振り返りもせず、厄介ごとを払うように片手を振って。
人─いや、動物も居れば本当に人かどうか解らない奴も居るが─が13人も14人も集まる。
そうなれば、一人は性格や態度が気に食わない奴は居るだろうと予期してはいた。
例えそれが同じ目的に賛同して集まった者同士でも、だ。
賛成はするが調和はしない…何処かのお偉いさんかが言った「同而不和」とかいう奴だろう。
が、気に食わないのは気に食わない。特に、
「それもそうか。君があの程度で酔いが回るとは思えない」
このお高く止まった砂漠の王は。
最初に会った時から、何となく反りが合わないのを察知してはいた。
口調、苦手。態度、いけ好かない。行動、癇に障る。境遇、全く違う。価値観、正反対。
何から何まで違い過ぎて、合わないどころの話ではない。
そもそも偉い人間にあまりいい印象がないのも有る。
つもりつもった苦手意識はどんどん膨れ上がるばかりでとどまる所を知らない。
そうは言えど、今日でまた歳が一つ増えるのだ。
生まれてから三百六十何日の周期を二十何回、おおよそ一万日弱。
一万回日が昇って沈む程生きてきたのだからガキじゃない、下手すれば親世代だ。
リルムが旅にくっついて来た時にはそういう意味で愕然とした記憶がある。
大人気ない態度で接すると挙げ足を取られかねない。
年下故かも知れないが、ロックの方がまだ単純で扱いが楽だと思う。
「ま、そーいうワケで放っておいてくれるか? お呼びじゃないんでね」
たった一度、それもほんの短い一時だけ相手の方に顔を見せた。
努めて冷静に口許だけの笑みを作り、なるべく当たり障りなく追い払おうとした。
苦笑になっていた可能性も無いことはない。
しかし言われた本人、エドガーはお構い無しに歩み寄って来る。
甲板の床が軽い音をたてて、暫くすると止まった。
恐らく背後に居るのだろうが、流石にもう振り向く気はない。
煙草をくわえジッポで火を点し、もう中身が残り少ない箱と重いライターをしまう。
溜め息と共に大きく煙を吐いた。
弱い風が其れを傾かせながら薄く伸ばしていくのを、手摺に寄りかかって眺める。
「呼ばれて出てくるのは幻獣とばあやと大魔王で十分だ。私は呼ばれなくても出てくるのだよ」
「敢えて突っ込まないでやるが、一つ言うと迷惑以外の何物でもないぞ。戻れ」
狙って言っているのか素なのかは解らないがこの男、たまに訳の解らない事を言う。
其れへの対応はもう慣れてしまったが、果たして慣れて良いものなのか複雑な気分だ。
誤魔化しには乗らないと背を向けたままで、背後へ右手をひらひらと振ってみせた。
くわえた煙草から細く斜めに伸びた紫煙が、空気を掻き回した所為で巻き込まれて線が歪む。
「前々から聞きたい事を訊ねたいのだが、勿論答えてくれるだろう?」
「よし、やはり聞いてないな。俺は今お前が変わりないことに少し安心してかなり失望した」
「そうかな? それは光栄の至りだ」
今振り返ったら、彼奴は普段と同じ余裕を湛えた穏やかな笑みを浮かべている。
振り返らずともあまりに毎度の事に頭の中で記憶されてしまっているらしい。
慣れとは末恐ろしいと思いながら煙草を口許から離して二度目の溜め息。
寒さの所為と煙が混じり、白い息は少し濃く見えた。
お互い様だろうが相手が人の話を聞いていない。
その所為で、エドガーとの会話は会話になっていないと言われる事が多々有る。
しかしこのあべこべな会話が普通なのであって、他の誰かと会話するのと訳が違う。
その辺りは意外と気付かれていない。
「セッツァーがこの飛空艇に乗らなくなったら是非とも譲って欲しいのだけども、どうだ?」
「……、…。乗らなくはならないし、譲れねぇな」
頭が痛くなる。
わざとらしい程に眉間あたりを指で押さえて首を振った。
コイツはあの場所まで付いて来た筈。…ならば答えくらい解っているはずだ。
ぼんやりと陽が沈んだ手摺の下を見下ろして、その体勢のまま大きく間を置いて答えた。
暗い宵闇の中で視界に映る点々とした光が集まっていて、街が在ることを知らせてくれる。
港街特有の真っ直ぐ伸びた灯台の光があちこちを照らして回っている。
あの光も、時折この飛空艇を掠めながら海に浮かぶ船を導くのだろう。
「…では、質問を変えよう。人混みは嫌いかい?」
「は、まさか」
相手にも間が有ったのは気になったが、今回は受け流すように答えた。
此れは別にどうでも良いことだ。
相変わらず眼下の灯りを眺めながら己れに言い聞かせるように呟く。
ふと、街の一点に目が留まった。
街のあの辺りの、あの酒場にでも他の奴らは飲み交わしているに違いない。
くわえていた煙草の灰を下へ落とそう…として、止めた。
仮にも一国の王たる人間の手前、酷く壊れた世界でも煙草の灰を落とすのはマナー違反か。
苦笑して添えた手を離す。そしてまた先程と同じ場所をもう一度見遣った。
酒場は賑わっているらしい。エドガーではないが、「主賓殿」が居なくても十分盛り上がれる訳だ。
…いや、ひがみではなく。
「もしそうならカジノなんて場所、踏み込みさえしねぇだろうし。酒場にも入らねぇな」
「しかし人に干渉されるのは嫌い」
エドガーがこう喋った瞬間に、俺のコイツが苦手な理由が解った。
…頭が良すぎる。それに加えて大物なのだ。
認めるのは何だが、流石は一国をまとめているだけはある。
育った環境もありそうだが、同い年の割には冷静でその場の感情には流されない。
(勿論、流されている所を見ていないだけかもしれないが。)
この局面で、人に干渉されるのが嫌いな人間に態々其れを問い正す奴も珍しい。
想定外の事をする人間は博打打ちと同じで、関わると時に大損害を与えてくる。
俺に取っての大損害、…読まれること、だろうか。
この男は鋭すぎると、頭の中で警鐘が鳴り響いているのだ。
一人の人間としてどうかは解らないが、一人のギャンブラーとして直感が危険を訴えている。
同業者でなくてよかったと、有り得ない想像を雲が去り行く空の彼方に浮かべた。
「…さァな」
「ギャンブラーらしいと言えばらしいがね。それに」
カツ、カツ。
…靴音がまた響く。
最初よりも近くなる音を、黙って煙草の煙を見送りながら聞いていた。
煙は真っ直ぐ伸びている。微かに吹いていた風はもう止んだらしい。
今度はすぐ右隣で止まった。煙草の煙がまた大きく歪む。
「そうでなきゃ、こんなにもすぐ抜け出さないからな。ほら」
横から眼前に、突然箱を突き出された。流石に驚いて隣を見遣る。
左手で沢山の荷物を抱えて右手でその箱を差し出しているエドガーがいた。
「何だ此れ」
「その箱はティナから。そっちはロック…いや、ガウか? 青い包装はセリスのはず」
持ちきれないから残りは勝手に部屋へ置いてきたが、などと一人で話し始める。
丁寧にも一つ一つの説明をし始めたエドガーを、呆れたような目で見ていた。
その意味に気付いていないらしい相手に、大前提の説明が足りないと言えば納得した様子で。
「プレゼント、だそうだ」
こう言うのだ。話を端折るエドガーらしいと言えばらしい。
お互い案外解りやすいのかも知れない。
「もう随分と長い付き合いだ、皆セッツァーの性格ぐらい把握している」
「…こんな歳にもなって祝われるとはな」
つい笑ってしまった。
力が抜けたような笑い、ともすれば鼻で笑ったとも取られかねない笑い。
其れを見たエドガーも穏やかに笑ったようだった。
差し出されたままの箱を手に取って、空いた方の片手で相手を指差す。
「其処までは確かに正しいが、肝心の人選が悪かったな。出直して来い」
「おや、その口の聞方はないんじゃないか?」
「知るか」
険悪…ではない、冗談。その証拠にエドガーは笑ったままだった。
笑いと共に口から洩れた息は白さを失いつつある。
煙草を口許から離してみると、灰の割合が多く赤い火は小さくなっていた。
「…っとと、忘れるところだった」
営業スマイルらしい笑顔で手渡してきたのは、小さい金属製の缶。
何に使うのか相手に問い正そうと視線を送る。
返事の代わりに、笑顔を絶やさず無言で火が消えてしまった煙草を指差してきた。
正直に、有り難迷惑だと言おうか言うまいか判断に迷う。
「私からだ。煙草はその場に棄てるなよ」
「つくづく嫌な奴だなお前」
気付いていたのか、と毒吐いて蓋を開け、煙草を押し込んでカチリと閉めた。
…そして今宵三度目の溜め息。
煙の混じらない呼気の、寒さの見てとれる薄い白が暗い夜空に映えていた。
狙って言っているのか素なのかは解らない。それがこの男だと、再度実感させられた。
もう少し、猶予期間を与えてやることにする。
陽が昇ること一万回
陽が沈むこと一万回
噛み合わない歯車は
軋み音を立てて時が経つ内に
丁度合うとか合わないとか
了
本当に嫌いならば無視をする。
反りが合わないように見えても、其れも一つの在り方。
執筆:20060208
修正:20061121,20070125,20070318
「セッツァー誕生日記念」
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